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│人間やりたい記│
人間やりたい記
5.25深夜
じきに夏だね…夏の炎天下、時折“むんっ”とした土と青草の蒸れた臭いに触れたりする。俺は立ち止まって胸いっぱいに吸い込む。ああ、この感じ。小学生の頃の夏の感じ。思い出すな…裕子姉、元気かな?千葉の大網のちょっとアイアイなお話。
小一の時に父親を病気で亡くした。父は大学で応援団の部長をやっていたような男で、その交友関係は広く、篤く、家には週末ともなれば必ずや大勢の男どもが集まった。アルコールと煙草と野太い声々、雀牌をかき回すジャラジャラといった音を子守唄に俺は育った。そんな父の友人達の中でもひときわ異彩を放っていたのが“千葉のおじちゃん”だ。応援団で父の一年後輩だった“千葉のおじちゃん”は千葉の大網一帯に広大な土地を持つ地主の子だ。ガッシリと恰幅が良く、浅黒いその顔は単純明快にゴリラだ。俺は密かに“ボスゴリラ”って呼んでいたんだけどさ。そのボスゴリラが、それこそ誰よりも野太い、馬鹿でかい声と共にやって来る。
「おーーーっ!ケン坊〜〜〜っ!元気にしとるかあ〜〜〜〜〜っ!?」
「…」
「うんっ!?ケン坊っ!なんだお前っ!髪長いぞう〜〜〜〜っ!男は坊主にしろっ!坊主にい〜〜〜っ!ガハハハハハハハハ〜〜〜〜っ!!」
「…」
東京のもやしっ子たる俺なんざ、なんだか怒られてるような気分で、それはそれは怖かったな。不動産業、建設業、政治にも手を拡げるような、ギラギラと野心が燃え立つおじちゃんだった。父も政治にかなりの興味を示した人だったから、そのあたりで意気投合するところが強かったのかもしれない。親友。父はその親友に“良恵(母)と子供達を頼む”って言い残して逝ったそうだ。ーー本当に子供が欲しくて欲しくて、でもなかなか出来なくて…結婚して15年以上経って、それこそ神頼み“子宝に恵まれる馬のエキス”なるものを夫婦揃って注射したところ、なんと母は俺を身篭った。時に丙の午年。母は馬の顔を持った子が産まれるんじゃあないかと本気で心配して、医者に、このまま産んでよいものか真剣に相談したとゆう。そんな思いでやっと出来た、幼い子供を残して死んで行く無念ーー“頼む”って言われたボスゴリラは、それこそ父親をも超える勢いで俺達の面倒を見てくれた。あまりに過ぎてさ、一度ボスゴリラの家庭に、不穏な空気が流れたことまであったらしいからね。そんなボスゴリラの千葉は大網ってとこにある家に…俺が小四になった頃から中学に入るまでの3年間位だったかなあ、毎年毎年、決まって夏休みの2週間、南家は家族揃って泊まりに行ってた。
新宿から本千葉まで直通の快速に乗って1時間半、そこからノロノロと茶色の鈍行に、3、40分も揺られると大網だ。当時の大網、駅前にロータリーが広々とあるばかりで、見事になーーーんにも無かった。ただ、今思えば駅を中心にあちこち工事してたな…まさにこれから人がどんどん来るぞっ!新興住宅地!って熱が発し始めた頃だったのかなーー駅までボスゴリラのお嫁さん“千葉のおばちゃん”が車で迎えに来てくれてる。小柄で全パーツが“丸”って印象のおばちゃんがにこにこ
「いらっしゃーーーい!元気ぃ!?」
ってね。ボスゴリラがパンチあり過ぎるんで、ついつい大人しい感じはするんだけれど、俺の中では“オニババ”とゆうあだ名が付いていた。とゆうのもーー俺は鼻が悪いんだけれど、以前、どくだみ草が鼻に効くらしいって、ワンさと摘んで来たのをぐっつらぐっつらと煮つめた、ドロドロの信じられないくらい青臭い液体を、押さえつけられた上、たっぷりと鼻に流し込まれたからだ。そんなオニババの運転する車で40分くらいだったかなあ、途中からはただただ一本道を、ひたすら空と田んぼと木に囲まれて走ると、やがてなんて言ったかな?あれっ!店名忘れてる!!ぎゃあ〜〜〜〜〜ちょっと悲しいな。まっ、とにかく一軒店がポツリと現れる。いわゆる“なんでも屋”だよね。今で言うコンビニか …それが目印で左折。ずんずんと野道を進んで行くと、辺りは平たく田んぼが続くんだけれど、やがてこんもり、ちょっとした林が見えてくる。さらに林沿いをぐるりと回って行くと、やがて林は整然とした生垣に変わり、ついにパカリと入り口が現れる。そう、この林こそがボスゴリラの住みかなのだ。入り口からは砂の庭が続く。庭園風、掃いてさ、円形とかに波線が入ってるヤツね、そこに子供目にも手入れの行き届いてるのが判る植木ね、巨大な石ね、池ね、阿呆みたいにでかい錦鯉ね、普通に蛇ね、蝉と蛙の声し過ぎね。で、奥手にドーーーーン!日本昔話に出てくる庄屋さんの屋敷を地で行く、黒光りする木造平屋、わらぶき屋根の大屋敷がそびえ立ってるわけだ。屋敷の左端に玄関。いちいちでかい引き戸をガラリガラリと開けると第一の土間。右手には一体、畳何十枚使ってるの!?ってゆう客間が、ずうっとずうっっっっと向こうまで続く。正面、二つ目の引き戸をガラリガラリと開けると第二の土間。右手には十数畳の、ここは飯食ったりテレビを観たりする部屋。その奥にも十数畳、おばあちゃんの部屋。さらにその奥にも十数畳の、お歳暮とかで埋まってる部屋。で、やっと廊下。ぐるりと家半分を回廊とでも言うべき廊下がとりまいている。夕方になるとこの回廊に雨戸を引くんだけれど、これが一仕事!いくら引っ張り出しても終わりが無い感じがしたもの。土間の終わりには台所。そこだけでも、桜上水の我が家のどの部屋よりも広かった。とにかくボスゴリラの住みかは、全てにおいて、東京のもやしっ子の規格外だった。
ボスゴリラには子供が二人いた。一人は俺より五つ六つ上の克彦兄ちゃん。親父譲りのガッシリした体格で柔道をやっていた。性格に関しては親父を反面教師として育ったようで、大人しく、もごもごと喋る、ちょっと人見知りするような人だったな。でね、もう一人、俺の三つ上に裕子姉ちゃんがいた。やっぱり体格には恵まれており、背が高くて、剣道をやってた。夏休みも剣道の練習で学校行っててさ、夕方になると“ビュワーーーーーーーーーーチャリチャリチャリーーーー!!”って自転車ぶっ飛 ばして帰ってくる。
「たっだいまーーーーーーーーーー!!」
って東京じゃあ、もーーー大変!ってくらいの大音声一発!!ボスゴリラ譲り。何でもスパスパはっきり言ってさ。まさに男勝り、爽快な姉だった。しかもね、スラリとした美人だった。
その日は裕子姉も剣道の練習が無くて、朝から弟と三人で魚採ったり、とにかくギャーギャーと遊んでた。裕子姉は始めこそ子供の面倒を看るような態で
「ほら、あそこに大きいのがいるから採ってごらんよ」
なーんて言ってるんだけれど、しばらくもするともう全く持って夢中になっちゃってて、自ら網持って、先頭切ってジャバジャバやっちゃってるんだ。俺はあまり人に心を開ける子供では無かったけれど、そんな裕子姉の前では素直でいられた。父が亡くなってからとゆうもの、出会う大人達からほとん ど例外なく
「謙ちゃんがしっかりして、お母さんを大切にしてやるんだよ」
って言われ続けてきた俺は、“大丈夫、僕はこんなにしっかりしてますから”ってみせる“技”とゆうか“外面”を自然と身につけて行った。それが高じていつしか、人と、特に年上の人と素直に話すことが出来なくなっちゃったんだよね。それが裕子姉といると、素直な自分で笑っていられるんだから、そりゃあもう楽しくてしょうがなかった。
午後になって、広大な客間でゴロリンゴロリン転がって遊んだりしてたんだけど、弟は昼寝しちゃうし、ちょっとまったりして来たんだ。そしたら裕子姉がさ、
「謙ちゃん謙ちゃん、克彦兄ちゃんの部屋行ってさ漫画借りてこよう」
って言うんだ。
「私が頼んでも絶対貸してくれないんだけどさ…“おれは鉄平”ってゆう漫画があるんだよ」
って。絶対面白いから、うまいこと言って貸してもらって来いって言うんだよね。とにかく“絶対面白いから”って一瞬の嘘も迷いも無く言うし、二人で悪巧みしてるみたいな感じも楽しくってさ、
「ワカッタ!」
克彦兄の部屋へ行ったさ。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、なんか漫画なーーーい?」
ってね。
「おう…」
言葉少なに本棚を指す克彦兄。“三国志”とか“カムイの剣”とか“なんちゃら忍者”とかズラーーーっと並んだ一角に、果たしてあったよ!“おれは鉄平”。俺はスラリと、
「これ貸してーーー」
言ってのけると、見事“おれは鉄平”全十数巻を持って帰って来た。裕子姉は“良くやった良くやった”ってもう、手放しで大喜びだもんね。“うまくいったねーーー”って二人でウシシシ…って“おれは鉄平”読んださ。うつ伏せの裕子姉に、俺は頭よっかかってさ、時々裕子姉がゴンゴンって体揺すって俺の頭に合図するのね、“もう読み終わる?”ってね。そんなこと一つ一つがキラキラと輝いてた。素晴らしく楽しい色に輝いていた。
風が吹き抜けて
気持ちいいな
太陽のあまり手の届かないところ
孟宗竹のザワメキ
蝉の喧騒も涼やかだ
やがてだんだんと夜が忍び込んで来る
蛙がのどを膨らませ田んぼはにわかに色ずく
それでも二人は漫画に夢中だ
灯りを点けるのも忘れ
暗がりで必死で絵を、文字を追っかけてる
正真正銘、馬鹿のように純粋だ
どっぷりと黒を塗りたくったような夜は、もうすぐそこまで来てるよ
“おれは鉄平”って途中から剣道の漫画でさ、後日あっさり克彦兄が、
「謙ちゃん、裕子に言われたんだろう」
って、バレバレだったねーーー
花火やりたーーーい!って騒いでたら、じゃあ買って来いって、いくらかお金貰ってさ、通り沿いの“なんでも屋”に裕子姉と買いに行った。これが予想に反して、結構な品揃えでさ、東京なんかよりキテるんだ。さあ、どれにしようか…
当時の花火は手加減無し。過激だった。“ドラゴン”“ねずみ”“ロケット”…どれも今の数倍のパワーだった。ロケット花火なんざあ、人に当たって死者が出たりしてたからねえ。裕子姉は過激派だから、セット花火なんかには目もくれず、当然のようにそういった類のヤツを単品で選んで行くわけ。
「パラシュートも捨て難いけど夜はダメだからね〜〜〜」
なんて言いながら品物を物色していた、裕子姉の足が、ふと止まった。俺の肩を抱きこむとヒソヒソ声で、
「謙ちゃん、あれ、あれ…」
指差すその先に!あったよ!ドドーーーーンと!家庭サイズとは到底思えぬ、それはそれは巨大な筒型の大花火が。“なんちゃら大噴花”みたいな名前が大書されててさ!手に取ると、なんだろう、リレーのバトン3つ束ねたくらいの勢いだあ。18歳以下だかなんだかは禁止!みたいなことがズラズラと注意書きに記されてて、明らかに売れてないたたずまいでさ。それもそのはず、遊びの枠を超える破格の高値!
「謙ちゃんこれにしよう!」
裕子姉は目をギラギラ輝かせて即座に言うんだ。俺も興味津々。姉とはこうゆう時の相性が抜群に良かった。貰った結構なお金、全部つぎ込んで“なんちゃら大噴花”一発と、わずかな残金で“ドラゴン”を2つばかり買い込んだ。帰りがけにお店の人にも注意されたからね、よっぽどのモノだったんだろうね。
「裕子ちゃん、必ずお父さんと一緒にやるんだよ」
みたいな。
「ハーーーーーイ!!」
って返事だけは良いんだ。…そんなの大人と一緒にやって何が楽しいんだよなあ!隠れてやるからスリル満点、大噴花するんじゃん。言葉にはしなかったけど2人ともそんな心意気だった。ワクワクワクワクワクワク…東京なんかじゃあまずお目にかかれない大花火。とにかくさっさと夜になってくれ〜〜〜〜努めて平静を装って家に戻ると、後はずっと裕子姉とニヤニヤ、イライラして過ごした。
待望の夜。夕飯もそこそこに、バケツに水汲んで、マッチと懐中電灯と“大噴花”を抱えると、
「行ってきまーーーす」
って、なんだか追われるかのように大屋敷を飛び出した。基本的に裕子姉、凄くしっかりしてるからさ、親もいちいち何買ったんだ?とか火の始末がどーのとかうるさく言わないんだけど、それでもやっぱ、検められたらヤバイぞ!って屋敷を出る時はドキドキしたな。ーーなんにせよ関門突破。さあ、行こう!ガラリと引き戸を開けると、蛙の大合唱が、巨大なうねりとなってぶつかって来る。夜は真っ黒だ。街灯なんて当たり前に無い。よく月明かりで…とかって言うけど、あの辺の夜は懐中電灯無しでは移動出来なかった。遠くは薄らいで見えるんだけど、足元がなーーーんにも見えないんだよね。田んぼの所々にある、水路の合流点の深い池にでも落ちたら大変だからね。
大屋敷のすぐ正面が野原でさ、そこでやろうって、蛾を筆頭に小さな虫をいっぱい引き連れて、やがて懐中電灯は野原の中央に陣取った。二人とも緊張と興奮に包まれてて、いつになく口数が少ない。とりあえず景気付けに“ドラゴン”をやるんだけれど、普段なら主役をはれるその炎の吹き上がりが、しょぼく見えるから不思議だ。なんとも事務的に“ドラゴン”を終える。そして、ここからが、いよいよ待ってました!真打ち“大噴花”の登場だ。灯にたかって来る虫を払いながら、二人顔を並べて、すでに暗記する程読んだはずの注意書きを、改めて何度も何度も読み返した。とにかくしっかり固定すること、って書いてあってさ、でっかい石を拾い集めて来ると、ガッチリ完璧に固定した。ーー少なくとも家庭花火レベルでは完璧な固定だった…さていよいよ点火だ。ところが石の間からうまいこと引き出された導火線を、いざこの段階で目の当たりにすると、さすがに怖気づいた。あの何とも言えないよじれがさ、破滅の臭いを放つのよね。うーーーっ恐怖だぞって、どっちが火を点けるかで大袈裟にもめたりしてね。結局、裕子姉が、
「よしっ!やるぞっ!!」
気合を入れると、ガシュってマッチを擦った。ポッと点った火を恐る恐る導火線に近づける………が、点火しない……………点火しない………あれっ!?……この花火ね、どうやらやっぱり、随分長いこと売れずに店頭に置かれてたんだろうね。導火線が湿気ちゃってるんだよ。何本かマッチを擦ってみたが………どうにも点火しない……………あれっ…ダメかなあ………ってちょっと力が抜けたその瞬間!ズシャズシャズシャ〜〜〜って導火線が火花を散らし始めたんだ。二人、鞭で打たれたように一目散、その場を離れに、離れる。ズシャズシャズシャ〜〜〜そして見守る。ズシャズシャズシャ見守る、見守る………
「ボッシュッーーーーーシュッーーーーシュッーーシュッーーーーーーーーーーー」
反射的な野太い音量と共に、強烈な火柱が、それこそ家庭花火レベルの遥か遥か上空めがけて一気に突き抜けた。が、やっぱり固定が甘かった。若干、理想の垂直方向から斜めにずれた火柱は、あろうことかボスゴリラの大屋敷の方角へ向かって飛んで行くではないか!そして、次の瞬間、
「ドドッッッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
今度はあり得ない大音量と共に、想像を全くもって上回る、大輪の火の花が大網の星だらけの夜空に燦然と咲き誇った。
「………………………………」
呆然、感動。それもつかの間だ。花火は忙しい。なんと大輪の火の花が、ボスゴリラの大屋敷の、いかにも良く燃えそうなわらぶき屋根に、メラメラパラパラと降り注ぎ出したんだ。ヤ、ヤバイ…しかも、その音に驚いたのだろう、ボスゴリラがガラリと表に飛び出して来た。我が頭上に降り注ぐ火の粉に、
「裕子かああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
ボスゴリラ大噴火。
幸いにして大屋敷に火は移らなかったんだけれど、ボスゴリラの怒りの炎は鎮火するのに時間がかかった。裕子姉はコテンパンに怒られて、わんわん泣いてやっと許してもらった。でも説教部屋から戻って来ると、もうケロッとしててさ、
「凄かったね〜〜〜!でも石の固定は失敗だったね〜〜〜」
と、悪びれるところも無く、にこにこと話すんだ。確かに、俺も散々怒られたんだけれど、花火のインパクトがもの凄すぎて、さらにはそれを打ち上げた自分達にも酔ってたから、早く二人で話がしたくてさ、やっと解放されると言葉が溢れた。笑顔と興奮が溢れた。凄かったねーーーって何度言っただろう。
「もっと大きいのないのかなあ…でもさ、今度はもう少し家から離れてやろうね」
なんとも言えない達成感が二人をぎゅっと包んでた。
マヨネーズを塗って焼いたパンをトースターから取り出した途端、床に落っことしちゃう。しかもマヨネーズの面からベチャッてさ。“ギャーーーーー”って慌てて拾ってガブッて食べちゃう。
蛙を食べてる蛇を見つけたら、“こらーーーーーーーっ”って走ってって、棒でタコ殴りに叩きのめす。
剣道の練習で男子に勝ったって、しかも鉄平のやってた飛び込み胴で勝ったんだって得意になって、身振り手振り語る。
断片、断片、裕子姉の思い出は俺にとって強烈だ。年にそんなに会うわけじゃないんだけれど、本当の姉貴みたいに思ってた。自慢の姉貴だ。裕子姉も俺のことを弟が出来た!みたいなノリで、生来の面倒見の良さも手伝って、随分と可愛がってくれた。
ボスゴリラの大屋敷にお客さんが来ていた。弟よりも幼い子が一緒に連れられて来ており、俺と弟と三人で遊んでいた。とは言え、小学校に入ったばかりの弟と、幼稚園くらいの子が相手では、何をやっても歯ごたえが無く、昼には飽きてしまった。ーー俺もまだ小学校高学年、思いっきり遊びたいのだ。裕子姉は剣道の練習で出ていた。午後になっていい加減面倒看るのにも辟易してきた頃、“ビュワーーーーーーーーーーチャリチャリチャリーーーー!!”って裕子姉が例によって自転車かっ飛ばして帰って来た。早速皆でバドミントンでもやろうって事になった。
この大屋敷、屋敷の正面には、先にも紹介した、手入れの行き届いた庭。その右手奥にーーこちらはあまり手入れはしてなくって、野生な感じなんだけれど、芝生の庭もあるのね。第二の庭…つっても都心の学校のグラウンドくらいは優にあるんだけどさ。さらに奥にはちょっとした沼があって、それらを太く逞しく空を突き抜く、孟宗竹の林が囲ってるんだ。第二の庭の片隅には小さいけれど、くぬぎの木が生えてて、流れ出す樹液にカブト虫やらクワガタ虫、蜂、カナブンなんかがわんさと集まって来た。バドミントンやキャッチボールなんかは、そんな第二の庭でやった。
弟は昼寝かな?俺と裕子姉とその幼子と三人でバドミントンをやった。裕子姉は運動神経が非常に良かった。俺もサッカー団とか入ってて体を動かすのが大好きだった。そんなこともあって、当初は幼子をかまってあげつつやってたバドミントンに、段々熱が入ってきちゃったんだ。少なくとも俺は熱くなってしまっていた。それは午前中からちょっとづつ抱えてきた、ストレスからだったかもしれない。幼子はまだシャトルを打ち返したりは出来ない。キャーキャーとラケットを弱々しく振り回しては、俺や裕子姉にからんで喜々としている。可愛いな…と思えてた感覚が、バドミントンに熱が帯びるにつれ、うっとうしいな…に変わって来ちゃったんだ。もっとちゃんとバドミントンやりたい!ってね。裕子姉と二人だったらラリーが出来るのに…二人だけだったら………!?その時だった、幼子の振り回したラケットがたまたま俺の肘かなんかに当たってさ、それが痛かったんだよね。瞬間、反射的だった か?故意にか?複雑な感情の中、俺は単純に幼子を突き飛ばしたんだ。
ここからの数シーンを俺は一生忘れることが無いだろうな。そのくらい鮮明に全身に焼き付いてる。
その子はコテンと倒れて、びっくりした顔して、やがてその顔は歪んで、ワンワンと泣き出した。
「謙ちゃん!」
裕子姉は短く一度叫ぶと、俺に向かってダダッと一直線に走って来た。そしてすれ違いざまダンダンダンって三歩でブレーキをかけると、右手を俺の首の辺りにかけて、そのまま抱きすくめた。何も言わず、そのまま抱きすくめた…裕子姉が大きく2回息を、ハーーハーーってするのが伝わって来た。パチリと何かがはじけたような気がした。
中学に入ると、俺は陸上部に入部した。おかげで夏休みもたっぷり練習があって、さらにはボスゴリラの都合なんかもいろいろと相まって、すっかり大網に行くことも無くなってしまった。さらには中二中三と俺も多感な時期を迎え、“ああ、宇宙の向こうって一体どうなってるんだろう?”なんて想像して怖くなって眠れなくなったりで、裕子姉の事もすっかり思い出の中、薄らいで行った。
ところが、高校二年の時だったか、ついに彼女が出来てさ、その時にふと思い出したんだ。裕子姉のことを…でも一体何でだろう?その時は判らなかったけれど、とにかく思い出した。で、母にその消息を聞いてみると、裕子姉は東京の大学に入り、都内で一人暮らしをしてるとの事だった。ちょうど季節は秋で学園際のシーズンだった。早速“ぴあ”かなんかで調べて、その大学の学園祭に彼女を連れて行ったんだ。いきなり行って、俺も彼女が出来るくらい大きくなったんだぜ!って、びっくりさせてやろうと思った。裕子姉は、ちょっとうろ覚えなんだけれど、確か華道部に所属してるとのことで、その線で探せば見つけられるだろうと…俺は意気揚々学園祭へと乗り込んだ。ところがさ、なんか違うんだよな。校内をウロウロして、華道部の部室聞いて、裕子姉に近づけば近づく程に違和感が強まる。あれ!?本当にこのまま会っていいんだろうか?って…しまいにゃあモヤモヤとヘンテコな霧にすっかり包まれちゃった。ーー幸いなことに、その日は華道部の部室までは行ったんだけれど、裕子姉はすでに帰宅しており、結局会えずじまいだった。母から連絡先なんかも聞いてはいたんだけれど、電話することもしなかった。
なんかね、判ったんだ。彼女連れて裕子姉に近づいて行った時、どんどん近づくに連れて判ったんだ。ああ、俺は裕子姉を好きだったんだなって。姉貴としてじゃなくって女の人としてだよ。彼女が出来た時にはっきりと生まれた、“好き”ってゆう特別な気持ち。それは以前にもぼんやりと感じたことのある気持ち。一緒に漫画読んだり、花火やったり…その時には全然眠ってた気持ち。それが、あのバドミントンの時の一瞬、あの一瞬、奥底ですやすやと眠ってたそいつが、ほんのちょっとだけはじけた。温かくて、モヤモヤとした大切な気持ち。その時は理解出来なかったんだけれど、こうして彼女といると判るよ。あの時の気持ちがさ。
スッと晴れた霧の向こうに裕子姉が立ってた。俺はありったけ天真爛漫に歌うんだ。
たっぷり晴れた午後にフラット散歩にでかけようよ
照りつける太陽
土草の臭いに誘われるまま
なんとなく手を繋いで歩こうよナチュラルな感じ
日々ららら
日々ららら
日々ららら
毎日、違う角度で空をあなたを観てる
毎日、違う角度で空をあなたを観てる
毎日、発見してる目を丸くしてる
ナチュラルな感じ
大切な感じ
笑ってる感じ
ありがとう本当にありがとう
あなたに会えた感じ
初恋の思い出は美しく?とっておいても良いかな…って程のことじゃあないんだけれど、裕子姉にはそれ以降も会ってない。単純に会う機会も無かったしね。だいぶ前に、結婚して子供が出来たって話は聞いたけど…何かピンと来ないよなあ。
だって俺はさ、剣道部で“ビュワーーーーーーーーーーチャリチャリチャリーーーー!!”
「たっだいまーーーーーーーーーー!!」
って自転車ぶっ飛ばして帰ってくる裕子姉が大好きなんだからさあ。
完