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│人間やりたい記│
人間やりたい記
2.3早朝
生まれて初めてスタジオ入ったのって、高校卒業してからなんだよね。高校までは本当に陸上競技一筋 だったから。小6ん時、貯まったお年玉でアコースティックギター買って持ってたから、ちょこちょこ 曲とかは書いてたんだけど。バンドとか、陸上部的に禁止だったからね(笑)!高校卒業してすぐ渋谷 の飲み屋でバイトを始めた。それまでバイトとかもしたこと無かったから、これが楽しくてさあ。昼の ランチから夜中2時まで通しで働いて、飲み行って、朝そのまま仕事先泊まってまたランチ〜ってな生 活を平気で何日も続けてた。10代のヤツが俺含めて3人居て、全員“パー”だったから凄く居心地が 良かったってのもあった。まあでもそのうち飽きるわけだ。つーか“パー”なりに「このままじゃあヤ バイだろ...」ってね。で、とにかく何かやってみようと。こう、陸上やってた時みたいにガーーーッっ て集中出来るような事を見つけたくなった〜そんなある日、なんかの公告で“夢の遊眠社、劇団員募 集”ってのを見つけたんだ。本当はもうバンドやりたかったんだけどね。でも長年に渡る“バンド禁 止”ってのが、俺の中に“バンド=堕落”みたいな方程式を作り上げちゃっててさ。どうにも始めの一 歩が踏み出せない。で、とりあえず表現するってことに変わりはねえ!って資料一式揃えて遊眠社に 送ってみたんだ。モチロン演劇経験なんて、小学校の時“鶴の恩返し”で“おつう”(あくまで主役を やりたかった)をやって以来皆無だったし、遊眠社も野田秀樹って名前を知ってたくらいで、実際どん な活動してるのかも知らなかった。まあでも関係無いはな。とにかく熱くなりたいんだ!10代の生き 詰まった俺は!なあ尾崎〜〜!!ってその行き場の無い情熱が届いたのか、書類通って、実技試験があ るからいついつどこそこに来てくれって返事が来たワケだ。そりゃあもう嬉しい反面、実技って一体全 体何すんだ!?って、いきなり現実まる見えで不安に襲われたりしてねー。つっても今さら!...どーす る!どーするの俺!バイト〜暴飲〜仮眠〜バイト〜暴飲〜の輪廻。逃れる術、脳みそ無し。だって“パ ー”だもん。
実技ねえ〜とにかく行ったさ。“夢の遊眠社、劇団員募集”。確か尾崎はソニーのオーディション、当 日行かなかったんだよな...そしたらレコード会社から電話がかかってきて〜とか考えながら。場所はど こだったか思い出せないけど。なんか小さな公民館の一室に集まった感じだったかな。とにかく人が少 ないんでびっくりした。若い男ばかり30人も居なかったと思う。緊張はしてなかったなあ。なんか皆 ギラギラギスギスしてる空気で、すっかり“乗り遅れた”ってゆうか、場違いな感覚炸裂。ここはど こ?私はだあれ?って、まあ今思えば完全に気後れしてたんだろうな。やがて時間になったら劇団員ら しき女の人が来て、動き易い格好に着替えて隣の部屋で体をほぐしておいて下さい...ってね。つい半年 ばかり前まで陸上部だったから、ジャージだけは豊富に持ってたからね、お気に入りジャージに着替え て隣の部屋に行くと、体育館のような板敷きの50畳くらいの広間になってるわけだ。で、これまた陸 上仕込みで“ストレッチ”は得意だったからビシビシやってたら、来たよ、野田秀樹。あっこの人知っ てる!みたいな。部屋の奥に長机とパイプ椅子が数脚用意されてて、そこに数人の劇団員と共にどっか と陣取ったよ、野田秀樹。おはようございます!ってね。言ったか言わなかったか、野田秀樹。「まず は二人一組で一人が銃で撃って、もう一人が撃たれて下さいって。」さっきの女の人が説明するのです よ。傍らには玩具のライフル銃が幾つか用意されててね。もう淡々とオーディションは進行されて行く んだ。「始め!」「だっだーーーんっ!」「ぐがあーーーーー!!」「始め!」「どっがあーーーーー んっ!」「うぎゃああああああいてええええよおおおお!!」「始め!」...皆あの、舞台俳優特有の大 袈裟な仰々しい演技でさ、なんだそりゃあ!どんだけ役者だよ!ってつっこみどこ満載なんだけど、実 際そうゆうオーディションだからね。当たり前だっつーの。あっけにとられてたら順番来ちゃったよ。 もうどーにでもなれ!だ。なんも浮かばん。とにかく撃たれた。「うがっ!」ってな感じ。このまま倒 れてもなあ...とっさにキタのがゾンビ。「うがっ!う、う、う、うあ〜〜〜〜〜〜」ってね、死なな かった。そしたら相方がもう一回撃ってくれたんだよね。「うがっ!」「う、う、う、う、う、うあ〜 〜〜〜〜〜〜〜」死ななかった。相方に迫る。相方狂ったようにバンバン撃つ。「うあ〜〜〜〜〜うあ 〜〜〜〜〜〜」ってぎりぎりまで相方に迫ってパタンて死んだ。なんだこりゃ。でもこれ受けたんだよ ね。この極限状況で笑いとったからね...って趣旨がおかしくなってるって(笑)。説明係の女の人も 「くすっ」みたいなね。で、野田秀樹はって隣に目を移すと、これが蝋人形がごとくピクリともせずに 鎮座してた。まあ、終わったかな、と。その後“セリフ読み”みたいなことやってオーディションは終 了。最後に女の人が「なにか得意なことのある人はどうぞ」みたいなことで、見渡すと部屋の方隅にピ アノが置いてあるんだよね。なんかもうパンチドランカーみたいな状態だったから、ふらふらっと手上 げたさ、「ピアノ弾いて歌います」ってね。「どうぞ」って女の人。もう題名さえ思い出せないんだけ どピアノで作ったオリジナルのバラード。生まれて初めて人前で自作の歌を歌った。緊張も気負いも色 気も、何も無かった。歌った。歌ってるんだ俺。なんだか凄く気持ち良かった。一瞬何かが突き抜けた 感じ。オーディションも野田秀樹も女の人も集まったヤツラも全部が一瞬繋がった気がした。歌ってい いなあ? ノ歌い終えると女の人が一言、「いい曲だね」って。嬉しかった。本当に嬉しかった。この一言 を絶対に忘れることはないだろうなって思った。かくして野田秀樹は蝋人形の立ち位置を崩すことな く、お疲れ様!って言ったか言わなかったか、オーディションは完全終了〜結果は2時間後だかに貼り 出しますってね。
初めて人前で自作の曲を歌った高揚感で、フワフワ外を飛んでるうちに2時間は過ぎた。まあオーディ ションの方は、あまりに他の人との実力差があったから、全くもって期待してなかったんだけど、いざ 発表会場に着くとねえ。一応ドキドキしたりしてね。指定された場所には大きな紙が貼られ、名前が書 き出されてた。...あっさり無い。もうね、ほんのちょろっとしか名前が載ってないんだもん。探すまで も無いってやつだ。一応ガックリしたりしてね。でも、これで何かが吹っ切れた。バンドやるしかね え!〜ってね。それにオーディションを受けに来てたヤツラの熱かったこと。気持ち悪いくらいみんな 必死だった。ああ俺って今ダメだなあ?って心底思った。ロケット点火だあ!行くしかねえ!早 速“PLAYER”買って来てメンバー募集のページをガバッと開いたワケだ。そう、今も昔もメン募つった ら“PLAYER”なのだっ!多分。一応説明しておくと、“PLAYER”ってのはバンへーレンとかジミーペイ ジとかアンガスヤングとかのギタープレーヤーをやたら特集する、洋楽中心の音楽雑誌なんだけど、か なりのページをバンドのメンバー募集に割いてるんだ。“こちら完全プロ志向の早弾きギターリスト。 東京都内を中心に活動するハードロックバンドに加入希望。好きなギターリストはリッチーブラックモ ア、バンへーレン”とか“こちらミック、キースとチャーリー募集。一緒にロックンロールしようぜ! 完全アマ志向”とか“尾崎の完コピバンドやる。パートにはこだわらない。尾崎の魂を持ったヤツの連 絡待つ”とかが10ページくらいに渡ってびっしり載ってるんだ。ここで悩んじゃった。確かに遊眠社 のオーディションでは歌った。世辞でも「いい曲ね」と言われた。でも一体俺の“歌”ってどうなんだ ろう?ってね。あの時は勢い一発歌ってみたけど、なんつったて小学校の時は音痴で有名だったし、鼻 が悪かったからか、歌うと“鼻ズマリ声”でねえ。それに比べて、ここに載ってるヴォーカル志望の人 達はなんて自信満々なんだろう。“世界をひっくり返す...”とか“当方3オクターブ出る究極ボーカリ スト...”とかってね。散々悩んだ。でね結局「作曲はしよう。でも“歌”は上手い人に歌ってもらお う」って...負けちゃった。“当方ヴォーカル志望。女。全パート、曲書ける人募集。完全プロ志向”み たいのにキーボードで応募しちゃうんだよね。まったく!ダメな時ってのは、そんなもんなんだろう ね。選択を迫られた時に、簡単な方、楽な方を選んじゃうのね。何も変わらないよ!それじゃあ!19 歳の俺。
新宿の喫茶店。メンバー募集をした“プロ志向”の女の子を始め、ギターだのベースだのそれぞれのパ ート希望者が10人くらい居たかな。で、その女の子が熱く熱く音楽を語るワケだ。それが今でもハッ キリ覚えてるんだけど、メジャーでやって行くには最低3バンドは掛け持ちして、波に乗ったの以外は 切り捨ててとか、ボイストレーニングを一日何時間とかって、もう俺的には肌寒い内容なんだ。なん つったってねー“禁止”されてた程のモノなんですよ、バンドってのは!もっともっと悪くて退廃的 じゃないと。しかも結局“レベッカ”のコピーから…って(笑)。いついつスタジオ入って、皆と合わ せてみたいってな感じになって、「南君はどうする?」って聴かれたから、「俺は辞めとくよ」って ね。帰って来ちゃった。
なんとなく気が抜けちゃったよね。つうかお前が始めから逃げちゃってるのが良くないんだ!つうのに ね。多感だしパーだしバイトの輪廻は相変わらずぐるぐるだし。やってらんね〜よってね。そんなある 日、お店に常連の女の子が2人で来てて、深夜2時に店終わったんだけど、今からカラオケ行こうよっ て、店長含め総勢5、6人で赤坂かどっかに繰り出したんだ。当時のカラオケって言ったらまだまだ出 始めでさ、勿論カラオケBOXなんてのも無くて、お客皆で希望者から順番にお立ち台みたいなステージで 歌う、てなスナック的ノリの店がちょこちょこあるくらいだった。渋谷にも、何故かウーパールーパー の水槽に囲まれたステージがある“ウーパールーパーのカラオケ店”てゆうワケの判らん店があって ね、よく皆で行って、酔っ払っちゃあウーパールーパーすくって怒られたりしてた。その時行った店は カラオケ歌った後に点数が表示されるところでさ、明らかに手動なんだけどね。90点以上かなんかで オールドのボトル1本プレゼントみたいなのがウリのトコ。まずは一気も一気、ビール2,3本ガガー ーーッと飲んでそーーーら行け!ってね19歳、トップで歌うワケだ。“ボヘミアン”。葛城ユキ先生 を大絶唱。店もウチが常連なの知ってるから、もう始めは景気良く90何点〜〜〜〜ボトル一本、大サ ーーーーーービ〜〜〜〜〜〜〜〜ス!!!!!ってね。フラフラっとテーブルに戻って、そりゃあもう ギャアギャア騒いでたらさ、一緒に来てた女の子の一人が隣に来て言いました。
「私昔バンドやってたんだよ、南君さあ絶対バンドかなんかやって歌ったほうがいいよ」ってね。ーー本当に俺パーだったからね。ガーーーーーン!とキタねえ。そうか。やっぱりそうだったのか!って、も う次の日には“PLAYER”にメンバー募集の手紙送った。“当方ボーカル。ボーカル以外の全パート募 集。自分を天才だと思える自由な発想の持ち主”みたいな感じね。
掲載されるのが2ヶ月後だったかな?待ったねえ。待ちに待った。もう発売日には朝一で買いに行っ ちゃってね。で、これがまた、掲載されてた自分の一文の輝いてたこと輝いてたこと。完全にそこだけ 光量が、他の3倍だった。自然何かが起こる!いや、始まるんだ!って熱が満ち溢れたよね。
人間やりたい記内にて続いて行く
南 謙一
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